【神社巡り|境界の気配】神社で猫を見かける理由

小野照崎神社境内の猫ちゃん 雑記

それは、アメリカの厳しい動物管理ルールの中ではおよそ起こり得ない、ごく短時間の間に起きたサビ猫と白猫との奇妙な遭遇から始まりました。 そんな猫たちの「気配」から、猫と日本の神社、特に稲荷神社との関わりについて考えてみました。

じぃじ
じぃじ

今日はよく猫を目撃したんじゃのぅ。確かにアメリカで外で猫を目撃するのは珍しいのぅ。

テッドちゃん
テッドちゃん

長年住んでいるけど、ずいぶん前に一度住宅街で目撃した程度だねぇ。ましてや交通量多い住宅のない場所で見るとは思わなかったんだ。

神社で猫によく出会うのはなぜ?

【アメリカの猫事情】外で野良猫を見かけない理由

事の始まりは、外出時のことでした。高速の出口近くでサビ猫が轢かれているのを目撃してしまったんです😭 そして、目的地に着いたらついたで、駐車場を白い猫が歩いているのを目撃…

実はアメリカで野良猫を見かけることはほとんどありません。20年以上住んでいますが、その記憶はほぼないのです。と言うのも保護団体や行政が厳しいルールのもと監視しているからだった、はず。

そんな中で同日の短時間のうちに2回も外にいる猫を目にしたので結構驚きました。そして、神社に頻繁に行く身としては「お稲荷さん…」と、アメリカの地で猫を見てお稲荷さんを思い出したのです。

【日本の猫事情】なぜか稲荷神社に集まる猫たち

日本での参拝記事を書く為にここ最近よく日本で撮っていた画像をチェックするのですが、実際に神社で目撃して撮っていた猫の画像がとても多いんです。特にお稲荷さんです。今日は、そんな猫と神社の関係について想いを巡らしてみました。

素盞雄神社境内で歩いていた猫
素盞雄神社の境内を歩く猫

テッドも必ず帰国時に参拝する柳森神社では有名猫クーちゃんがいますし、王子の装束稲荷では何度か同じ豆大福のような模様の猫ちゃんを見ます。小野照崎神社のお稲荷さんのお社では猫ちゃんがお社に鎮座していたこともあります(あそこの境内も猫が多いです)、家猫のいる五十稲荷さんや鎌倉の御霊神社、そして愛宕神社には有名なシズちゃんという白猫さんがいました。

柳森神社のクーちゃん(筆者撮影。過去にNOTEで公開した写真の再掲です)
初めて柳森神社に行った時に見た光景、まるで御神体?猫のくーちゃん

もちろん伏見稲荷大社も稲荷山では猫ちゃんが有名です。

また猫ちゃんに特化した神社もありますね。赤坂の美喜井稲荷神社、そして迷い猫探しで有名な人形町の三光稲荷神社、どちらもお稲荷さんですね?

なぜだろう?

キツネと猫を紐解く「3つの境界」

テッドちゃん
テッドちゃん

お稲荷さんでは、なぜよく猫を見かけるんだろう?相性が良いのか?それともそう見えるだけなのかな?ん〜、猫とキツネって何か共通点あるのかな?

じぃじ
じぃじ

おいおいテッドちゃんや、お稲荷さんにおるキツネは「神様の使い(霊獣)」であって、本物の野生のキツネとは違うのじゃぞい。そこを一緒くたにしたら怒られるわい😤

テッドちゃん
テッドちゃん

えへへ、そうだよね、でも取り敢えず現実世界のキツネと猫で考えてみようよ👀

じぃじ
じぃじ

ふむ、そうじゃな…現実世界の猫とキツネを観察してみると、彼らは人間にとって完全な野生でも完全な家畜でもない、不思議な境界に生きる存在だという共通点が見えてくるのじゃよ。まず境界という言葉には色々な意味が含まれるんじゃな。そこを3つに分けて見ていくのが近道じゃ。

猫とキツネにまつわる3つの境界

・人間の生活圏と自然(動物)の生活圏の境界
・暮らしや歴史の中にある、内と外の境界
・神社のご神域(あの世)と俗世(この世)の境界

猫もキツネも、こうした様々な「はざま」に生きる性質があるからこそ、私たち人間に神秘性や不思議なロマンを感じさせるのかもしれません。 今回は、この関係を「物理的」「文化的」「民俗学的」という3つの境界から紐解いてみようと思います。

装束稲荷の猫ちゃん
王子の装束稲荷でよく見かける豆大福みたいな猫ちゃん

物理的境界:人間圏と自然をつなぐ「生態と食性」

まずは、私たちが生きる「物理的世界」における彼らの生態から見ていきましょう。

キツネは雑食傾向の強い肉食動物であり、野ネズミを主とする小動物の捕食に加えて、果実や昆虫、さらには人間の生活圏にある食べ物も利用するなど、非常に適応力の高い食性を持っているといいます。

一方、猫は小動物の捕食を中心とした「純粋な肉食動物」です。人間社会の中ではキャットフードに適応しつつも、本質的にはネズミなどを狩るハンターとしての本能を失っていません。

両者に共通しているのは、小型の動物を主な対象とし、人間の生活圏の周辺で生きているという点です。そしてどちらも単独行動を基本とし、夜行性。静かに移動し、気配をあまり強く残さない動物です。

都心ではハクビシンやタヌキを見かけることはあっても、「キツネなんて本当にいるの?」と思われるかもしれません。しかし実際には、キツネも人里近くの境界に適応し、民家の周辺でたくましく生きている野生動物です。

完全な野生でも完全な家畜でもない、その絶妙な野生の距離感は、現代の野良猫と人間の関係にどこか似ているのではないでしょうか?

文化的境界:お米と福を守る「ダブルハンターと信仰」

面白いのは、日本の農業史において猫とキツネは私たち人間にとって「お米を守る助っ人」的存在でもあったというではないですか。

その昔、田んぼを荒らすネズミに悩まされていた農家では、ネズミ捕りの罠の餌として、ネズミの大好きな「油で揚げたもの」を使用していたそうなのです。そして、そのネズミを好むキツネは、農家からすればネズミを退治してくれるありがたい存在でした。さらにキツネ自身も、自然界では貴重なハイカロリーな油分(脂肪分)の匂いが大好物だったようです。

現在のお稲荷さんのお供え物といえば「油揚げ」ですが、キツネがその油の匂いに引き寄せられていた歴史を考えると、あのお供え物には理にかなった背景があったのだと納得がいきますね。

さらに、お米を「家」や「倉」の中に保管するようになると、今度は屋内担当のハンターとして猫が大活躍することになります。いわば「屋外のネズミ担当=キツネ」「屋内のネズミ担当=猫」という、夢のダブルハンター体制が敷かれていたわけです。

このような結びつきは、やがて人間の信仰の形となって文化の中に根付いていきました。

小野照崎神社の末社、織姫神社のお社にちょこんと座る猫
小野照崎神社末社、織姫神社のお社に鎮座

伏見稲荷の狛狐には五穀豊穣の象徴である「稲穂」を口にくわえているものもありますが、猫もまた、江戸時代には福や人を呼び込む「招き猫」として愛される存在になりました。

招き猫の発祥やゆかりの地としては、豪徳寺や今戸神社が有名です。お米の実りをもたらすキツネと、福やご縁を招く猫。どちらも人間の暮らしを豊かにするシンボルとして歴史ある寺社で大切にされてきたのも、不思議な共通点かもしれません。

江戸時代には、お米や蚕をネズミから守るため、お稲荷さんに「猫の絵馬」を奉納して祈願する風習も生まれました。福島県にいくつかある猫稲荷をはじめ、日本各地に同じような風習を持つ神社があるそうです。

お稲荷さんは、キツネだけでなく「猫」を介して人間がネズミの害から暮らしを守るための、切実で神聖な場所でもあったのですね。

民俗学的境界:あの世とこの世のはざま「化け猫と妖狐の伝説」

SNSなどを見ていると、猫が何もない空間をじっと見つめている、といった話を目にすることがあります。
こうした現象に対して、猫には何かが「視えている」のような“霊性”が語られることも少なくありません。

猫は古くから「猫又」など妖怪的な存在としても語られてきました。
その理由としては、夜行性で目が光ること、静かに移動して気配を残さないこと、そして人間の生活圏のすぐそばにいながらも完全には制御できない存在であることなどが挙げられるようです。

こうした性質は江戸時代に入るとより強く物語化され、猫は「化ける存在」として描かれるようになっていったとされています。

メトロポリタン美術館所蔵OP画像、国芳の猫「岡崎の猫の怪」
画像引用元:メトロポリタン美術館

このことから、猫は単なる身近な動物であると同時に、人間の生活圏のすぐそばにいながらも完全には理解しきれない存在として、長く語られてきたのだと思います。

一方で、お稲荷さんの象徴であるキツネもまた、同じく「妖狐」として語られるなど、人間の暮らしの境界に現れる存在として、古くから象徴化されてきました。

だからこそ、現実のキツネと猫を並べてみたとき、どちらも人間の生活圏の“すぐ外側”に現れて静かに生きているという共通点だけでなく、その「霊的な波長」までもがどこか似通っているように思えてならないのです。

これほど境界の性質が似ている両者だからこそ、お稲荷さんという神聖な場所での相性もまた、必然的に良いのではないか…?そんな風に想いが繋がっていきました。

まとめ:ロマンと現実が交差するお稲荷さんの秘密

いくつかの視点は後から増えてしまったのですが、しかし結局すべて同じ「境界」というテーマに収束しました。稲荷神社で猫とキツネが仲良くやっているのを想像するのもなんだか微笑ましく感じます😆

稲荷神社という場が持つ象徴性と、猫という身近でありながらもどこか気まぐれで不思議な存在…この二つが重なったとき、私たちがそこに特別な意味を持ってしまうのかもしれないし、ちょっとしたロマンにも思えます🐈

テッドちゃん
テッドちゃん

我ながら今日貼った画像を改めて見ると、やっぱり猫ちゃんとお稲荷さんって何か通じているものがある気がしてならないんだよなぁ…

蔵之介
蔵之介

テッドちゃん、現実を見てください。稲荷神社に猫が多いのは霊的な通信をしているからではありません。 単にお稲荷さんは食べ物の神様(宇迦之御魂神)であり、昔からネズミ除けとして猫が大切にされてきた歴史的・実利的な背景があるからです。さらに、神社にはお供え物(油揚げやご飯)の匂いに誘われて小動物(ネズミや鳥)が集まりやすく、それを狩るための『一等地』として、猫にとって最高に効率的なハンティングスポットだからに過ぎません。あと、参拝客が優しくておねだりしやすいからです(キリッ

テッドちゃん
テッドちゃん

ぐぬぬ…最後に蔵ちゃんに全てを持って行かれた感!!でも、今日色々調べて思ったけど猫とキツネってチーム稲荷って感じするでしょうよ〜!?(机バンバン)

この両方の見方はどちらかが正しいというより、同じ現象を異なる層から見ているだけなのかもしれません🌾

お稲荷さんは日本人にとってとても身近な存在ですが、その背景にはまだ自分の中で断片的にしか理解できていない部分も多くあります。
いつか「そもそもお稲荷さんとは何か」「なぜ神使が狐とされているのか」といった点を、もう少し丁寧に紐解いてみたいと思います。
秦氏との関係やダキニ天信仰などにも触れながら、少しずつ全体像を見ていけたらと考えています😆

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