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【太田姫稲荷神社|御茶ノ水】御神木から授かる風邪咳封じ御守り

太田姫稲荷神社元宮にて、鳩の歓迎 神社仏閣巡り

御茶ノ水・聖橋のたもとにある太田姫稲荷神社元宮には、御神木から授かる少し珍しい「風邪咳封治御守」があります。日本を発つ前に御神木へご挨拶に立ち寄ると、鳩たちが次々と集まってきて、思いがけないお見送りをしてくれました。今回は、太田道灌ゆかりの由緒や京都・一口稲荷神社とのつながりとともに、この温かなお守りをご紹介。

じぃじ
じぃじ

きょうの授与品の紹介は少し面白いんじゃなぁ〜。なんとも味わい深いお守りじゃのぅ。

テッドちゃん
テッドちゃん

お茶の水にある太田姫稲荷神社の授与品で、しかも御神木の木が授けてくれるんだよ💫

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聖橋にある御神木

鳩のお見送り、しばしのお別れ

3月某日、日本滞在最後のお礼でお茶の水に行った時のことです。いつも神田明神に行く途中にある太田姫稲荷神社の御神木でご挨拶をしているので、その日も最後のお別れで御神木に立ち寄りました。

こちら、聖橋のたもと、JR御茶ノ水駅臨時改札口の脇にあるこちらの木です↓

太田姫神社の御神木

御神木にやってきたと同時に一羽の鳩がパタパタとやってきました

鳩さんがやってきた

🐦「来たんかい?なに?今日でお別れなのかい?」

そんな感じでこちらをじっと見る鳩。確かにこの御神木にはよく鳩がいるのは知っているのですが、こっちの顔をじっと見るように観察してくることがこれまでなかったので、もしかして今回の滞在最後のお別れに来たことがわかったのでは!?と思いました🤣

まじまじとこちらを観察する鳩

そうしたら、次から次へと鳩がやってきた‼️

さようならを言いにきた鳩

こんな総出でしばしのお別れに来てくれた鳩たち🐦🐦🐦
全員こっち見てる〜!

🐦「また来いよ〜」

…いや、もしかして餌持ってると思われた?🤣
実は鳩って結構苦手だったのですが、最近ちょっと気になる鳥になっています。彼らって割と表情豊かですよね?😆

太田姫稲荷神社(御茶ノ水)とは|由緒と歴史

太田道灌ゆかりと幾度もの遷座

太田姫神社

こちらが太田姫稲荷神社の御社殿です。この御社殿は聖橋たもとの御神木(元宮)から徒歩10分ほどの場所、御茶の水仲通りを下り三井住友海上火災の前にあります。
太田の名前からわかるかと思いますが、太田道灌ゆかりの神社なのです。

昔、山城国(一口〈いもあらい〉の里)には、宇迦之御魂神を祀る「一口稲荷神社」があった。この神様は五穀を司るだけでなく、穢れや災いも洗い清める力があると信じられ、「えもあらい稲荷」として多くの人々から信仰されていた。

室町時代末期、関東で天然痘が流行した際、太田道灌の娘も病にかかった。道灌(当時は持資)は山城国の一口稲荷に病気平癒を祈願し、娘は快復したと伝えられている。

その後、長禄元年(1457年)に江戸城を築く際、娘を救った一口稲荷を江戸城の鬼門除けとして現在の地へ勧請(神様をお迎えすること)した、という由緒である。 ー大好き神田より要約

太田姫稲荷神社はこれまでに何度も遷座しています。

江戸城の鬼門として一口稲荷を勧請→家康が江戸に入府した際に錦町一丁目へ遷座→江戸城の拡張で聖橋たもとに遷座→総武線工事により現在地へ遷座

先ほどアップした御神木は聖橋のたもとにお社があった当時の御神木ということになります。現在、御神木はこのように「太田姫神社元宮 旧名一口神社」と書かれた木札と、神社のお札が設置されています。

太田姫神社元宮

きょうの授与品

太田姫神社のお守り

さて、こちらが授与品です!御神木にケースが設置してあり、自由に持ち帰ることができます。まるで御神木から授かるかのよう🌳✨

太田姫稲荷神社の授与品

丁度、コロナが流行り出した頃にありがたく頂きました。その後もインフルが流行っていると聞くと頂いています。この画像はそのインフルが流行った時に拝受した時の画像です。

お守りはお手製で、手書きと印字の用紙の2枚組になっており、このようなことが書いてあります。

風邪・咳封治御守について

約530年前、太田道灌の娘が天然痘にかかった際、一口稲荷に祈願すると病が治癒したと伝えられる。これに感謝した道灌は、江戸城築城にあたり一口稲荷を勧請し、人々の健康を守る神として祀った。これが後の太田姫稲荷神社の始まりである。

その後、江戸では天然痘や疫病除けの神として厚く信仰され、特に風邪や百日咳の守護神として知られるようになった。

咳封治御守を受けた人は、願掛けの間は里芋を食べないという禁忌があり、これは里芋の粘りが咳を悪化させると考えられたためである。ー御守り要約

コロナにも一度も感染しなかったし、インフルエンザにもかからずに過ごせています。以来、冬になると毎年いただきたくなるとても心強いお守りなのですな。

ちなみに、太田姫稲荷神社の境内、社殿向かって右手に古札返納箱があります。

古札収納箱

↑のように箱が設置してありますので、お守りはここに返納できます。

神社の授与品は割と神職さんや巫女さんが手作りしているものは結構あると思うのですが(例えば浅草神社の巫水引守とか)、用紙2枚の構成で、かつ御神木から拝受できるというのはここだけかもしれません。

テッドちゃん
テッドちゃん

じぃじ、このお守りテッドは大好きなんだよ〜!この手作り感が最高でしょ!神職さんの心を感じるというか、何か温かいお守りなんだよね〜

じぃじ
じぃじ

「商品」としてのお守りではなく、信仰そのものを頒布しているという感じがして、ワシもすごく好きじゃ。しかも内容を見ると、「風邪咳封治御守」の由来までちゃんと読める。つまり、由緒書きそのものがお守りになっておるんじゃ。これはなかなか見かけん発想じゃぞ。

昔は実は似たようなものがあったんじゃ。

江戸時代や明治頃までは、
牛王宝印(ごおうほういん)
神札
版木で刷ったお札

など、一枚の紙そのものをお守りとして懐に入れて持ち歩くことが多かった。太田姫稲荷神社の「風邪咳封治御守」は、その文化を今も残しているように感じる。しかも文書にも

江戸時代から昭和初めまで町々に流布された

と書いてあるから、昔の版木文化をそのまま受け継いでいる可能性が高いんじゃ。

京都の一口稲荷神社について

この記事を書くにあたって、一口稲荷神社についてさらに調べてみました。以前調べていた際には、いろんなサイトで「かつて存在した」のような記述になっておりがっかりしていたのですが、今回は現在の久御山町東一口にある豊吉稲荷神社が、太田姫稲荷神社の由緒に伝わる一口稲荷神社ではないかとする説を読みました。

テッドちゃん
テッドちゃん

もう存在しない神社になってしまっているのかと思っていたけど、もしかしたら豊吉稲荷神社が一口稲荷神社だとすると胸が熱くなるよ😆

じぃじ
じぃじ

実は、もうひとつ面白い話があるんじゃ。
この伝承には、あの小野篁まで登場するんじゃよ。

太田姫稲荷神社は『江戸城の鬼門を守る稲荷』として知られておるが、そのルーツをたどると、京都で信仰されていた『疱瘡除けの稲荷』へとつながっていくんじゃ。

つまり、江戸へ運ばれたのは神様だけではなく、『病を鎮める信仰』そのものだったのかもしれんのう。

まとめ:また御神木に会いに🌳

神田明神へ行く時、新御茶ノ水駅を利用しているので必ずこの太田姫稲荷神社の御神木(元宮)で参拝してから向かいます。神田明神へ行くと、そのまま清水坂を登って湯島天神へ出てしまうため、太田姫稲荷神社に直接参拝する機会は少ないのですが、まさかアメリカに戻る直前の訪問でこんな鳩がわさわさと飛んできてお見送り?してくれるとは思いませんでした🤣

次回の帰国では太田姫稲荷神社を始点としてお茶の水界隈を参拝しようと思います!
さらに、今回の記事を書くにあたってどうやら豊吉稲荷神社がそうなのでは?と知ることができたので、京都に行けた際には東一口へも足を伸ばしたいです。

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