【洲崎大神|横浜】源頼朝ゆかりの聖域と、地名の由来になった「消えた御神木」の謎

洲崎の猫ちゃん 神社仏閣巡り

横浜駅から徒歩圏内にありながら、一歩足を踏み入れれば別世界の静寂に包まれる「洲崎大神」。 源頼朝公が安房神社の神様を勧請したのが始まりとされるこのお社には、地名の由来となりながらも戦火で失われた幻の御神木「檍(あおき)」の物語が秘められています。 なぜ武将たちは各地に神社を建てたのか?じぃじと共に「結界」や「鬼門」の観点からも考察しました。 都会の喧騒のすぐ側に息づく、武運と土地を守るパワーに満ちた神社の記録をお届けします。

じぃじ
じぃじ

横浜駅から徒歩10分程度の場所にある洲崎大神という神社に行ってきたと聞いたんじゃが?

テッドちゃん
テッドちゃん

初めて知ったんだけど、横浜駅の近くにあった神社だったんだ!

横浜駅近くの隠れた聖域「洲崎大神」へのアクセス

洲崎神社は横浜駅きた東口から東神奈川駅方面へ歩いて徒歩10分程度の場所にあります。横浜駅から線路伝いに歩き、旧東海道に入って歩みを進めると、そこに現れるのは…

洲崎大神、横浜
洲崎大神は旧東海道沿いにあります
洲崎大神

鳥居を入った瞬間、何やらここは!?ん?なんかすごい感じ…
重厚な感じというか、なにやら境内の木がただものではない空気を感じるぞ?

洲崎大神

両脇の木もかなりの大木だし、御社殿が物々しい感じを受けます。
さて、この洲崎大神はどんな神社なのであろうか?

洲崎大神は横浜駅から徒歩10分ほど。実はこのすぐ近くには、天狗の逸話で知られる大綱金刀比羅神社も鎮座しています。 徒歩圏内ですので、あわせて巡るのがおすすめ!
大綱金刀比羅神社の参拝記はこちら👇

【大綱金刀毘羅神社|横浜】四国行きを拒んだ天狗伝説が残る神社
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源頼朝公ゆかりの歴史と「地名の由来」になった消えた御神木

なぜ千葉の「安房神社」からの御分霊なのか?

神奈川宿歴史の道
神奈川宿歴史の道

洲崎大神は1192年、源頼朝公が安房神社(千葉県)の神様を祀ったのが始まりです。かつて神社の目の前はすぐ海で、現在の第一京浜あたりには「船着場」がありました。横浜開港後は交通の要所として賑わい、境内の御神木が「青木町」という地名の由来になったとも伝えられる、歴史深いお社です。ー「神奈川宿歴史の道」碑文の要約

というわけで、この洲崎大神は安房神社からの御分霊をおまつりしているそうです。テッドは千葉の神社には詳しくないので安房神社?はて?と思ったのですが、いろいろ調べてみると安房神社の近くに洲崎神社という神社があります。この神社は洲崎大神という名前なだけに、なぜ洲崎神社の神様の御分霊じゃないのか?と思ったのです。

いろいろ読んでみると、どうも洲崎神社の神様は安房神社の相殿神である天比理刀咩命 (アメノヒリトメノミコト)の御分霊がおまつりされているのだそうです。つまり、千葉の洲崎神社の神様はそもそも安房神社から来た神様なのですな!さらに…

洲崎神社は、安房神社の神様を主祭神としてお祀りしています。江戸時代の1812年、この地を訪れた老中・松平定信公が、源頼朝公ゆかりの歴史に深く感銘を受け、「安房国一宮」の扁額を奉納しました。これをきっかけに、安房神社と並んで「もう一つの一之宮」として広く崇敬されるようになった、格式高い神社です。ー安房神社の公式サイトの由緒から要約

つまり格式的にも安房神社の方が格上の神社ですし、安房神社からの御分霊がおまつりされているのでしょうな?ちなみに、源頼朝は石橋山合戦に敗れた後、洲崎神社の方で戦勝祈願をしたそうです!

幻の御神木「檍(あおき)」と青木町のルーツ

上にも書いてありますが「境内に大きな檍(あわき)の御神木があり、青木町の地名はそこから起こったと言われている」神社周辺の地名は青木町という名称ですが、その「青木」は境内にあった御神木、檍という木が由来なんですな。そして、肝心の檍の木は戦時中に燃えてしまって現存してないそうです😭

テッドちゃん
テッドちゃん

檍と書いてあおきの木、初めてそんな木があると知ったよ〜!どんな木なんだろう?

じぃじ
じぃじ

檍という木はのぅ、日本書紀に出てくると伝えられておる。
じゃが、どんな木であったかは今となってははっきりせんのじゃ。
当時の人々も漢籍の記述を頼りに、それっぽい木を探しておったらしいのぅ。

しかし、「アオキ」という木自体は日本にちゃんとある。冬でも青々とした葉をつける常緑の木で、後世の邦人は、これを古典の「檍」にあてたと言われておるぞい。

ちなみにじゃ、横浜の洲崎大神の御神木は大木だったと言われておるから「アオキ」とは違うんじゃ。おそらく、モチノキあるいはカシノキではないかと考えられておるぞい。

境内の不思議なパワーと「あずましい」先客たち

ねじれる大木と海のエネルギーを感じる境内

洲崎大神の御神木
洲崎大神の御神木
洲崎大神の大木
洲崎大神の御神木

洲崎大神の境内の木は下の方から幹が枝分かれして育っている大木が多く、枝も聳えるように伸びに伸びて、のびのびと育っています。二つの幹がねじれている木もあったし、もしかしたら土地のパワーが強いのかなぁ?元々神社のすぐ目の前は海だったそうです(現在はかなりの埋立地)。海の力も関わっているのかな〜?

特等席で爪を研ぐ!自由すぎる看板猫ちゃん

洲崎大神の境内でくつろぐ猫
境内に猫ちゃん

あれ?御社殿の左のスペースに行ってみると、なんと可愛い猫ちゃんが日向で寝そべっていました。亡き父はこんな姿を見るとよく「あずましいね〜(気持ちよさそうに的な)」と言ってたんです。父は弘前に住んでいた頃があったのでそっちの言葉だったそうですが、それを聞いて育ったテッドも普通に「あずましいね」と言っては友達を「は!?なにそれ!?」と驚かしました🤣

洲崎大神の境内でくつろぐ猫
境内の猫ちゃん
洲崎大神の境内でくつろぐ猫
あくびの猫ちゃん
洲崎大神の境内でくつろぐ猫
境内の猫ちゃん

猫ちゃんもあずましく(心地よく)過ごせるほど、ここは神様に守られた穏やかな場所なのですな😆

洲崎大神境内の猫ちゃん
境内の猫ちゃん

徐に立ち上がったと思いきや、脇に積み上げられている剪定された木の枝に乗っかって爪研ぎしはじめた。自由すぎる〜‼️🤣

まとめ:源頼朝と太田道灌が神社を建てた「結界」の理由

初参拝のただものではない雰囲気な神社、洲崎大神…場所ゆえなのか人影もまばら。テッドが訪れた時に参拝客が1人、そして去る時にまた1人という感じでとても静かな神社でした。

テッドちゃん
テッドちゃん

ねぇじぃじ、横浜って実に源頼朝がらみの神社多いねぇ〜。都内では太田道灌、横浜近辺は源頼朝だねぇ。源頼朝も太田道灌もなんで神社をあちこち創建してたの〜?

じぃじ
じぃじ

うむ、それはのぅ、源頼朝も太田道灌も、ただの「神社好き」だったわけではないんじゃ。
二人とも、自分の力だけで世の中が動くとは思っておらんかった。戦や政(まつりごと)を進めるには、神さまの後ろ盾が必要じゃと、よう知っておったのう。

源頼朝は、まだ力の定まらぬ頃から、戦勝祈願や土地の鎮めのために、各地の神社に手を合わせた。海に近い横浜や鎌倉まわりでは、航海や武運を司る神を特に大切にしたんじゃろう。神社を祀ることは、その土地と神さまに「ここは我が治める地です」と挨拶するようなものじゃ。

一方の太田道灌は、都に近い関東を治めるため、土地を守る神、城を鎮める神を丁寧に配置した。神社は祈りの場であると同時に、人の心をまとめる拠り所でもあったからのぅ。

じゃから、横浜近辺に源頼朝ゆかりの神社が多く、都内に太田道灌の名が残る神社が多いのは、偶然ではない。二人とも、神社を通して土地と人と神を結び、世の中を治めようとしたんじゃよ。そう思って神社を巡ると、昔の人の祈りや覚悟が、今も静かに残っておるように感じられるのぅ

テッドちゃん
テッドちゃん

やっぱり鬼門とかも関係あるのかなぁ〜? 

じぃじ
じぃじ

うむ、鬼門の話も外せんのぅ。昔の人にとって、都や城、国を治めるには、鬼門をどう鎮めるかが大事じゃった。

鬼門とは、北東の方角。災いが入り込むと恐れられた方角じゃな。じゃから、重要な都や城の鬼門には、神社や寺を置いて、結界を張ったんじゃ。源頼朝も太田道灌も、この考えをよう知っておった。神社をあちこちに建てたのは、祈願だけでなく、土地の鬼門・裏鬼門を守るためでもあったんじゃよ。

横浜や鎌倉の海沿いは、外から人も物も入ってくる場所。便利な反面、災いも入りやすい。
だからこそ、海に面した場所や街道沿いに、洲崎大神のような神社を置いて、結界を整えたと考えられるのぅ。

神社はただの信仰の場ではない。土地を守るための“見えない城壁”のようなものじゃ。そう思って歩くと、神社の位置や向きが、急に意味を持って見えてくるぞい。

テッドちゃん
テッドちゃん

なるほどぞい!この日は横浜の喧騒からさほど離れていない土地にとても静かにひっそりと佇む神様に会えて良かったなぁ。また会いに行くよ〜!

コメント

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